用語解説

AID
Activation-induced cytidine deaminaseの通称名。遺伝子名はAICDA。1999年に、村松等により活性化Bリンパ球に限局して発現する遺伝子として単離されたAPOBECファミリーの一つ。抗体遺伝子座のクラススイッチ組換え、somatic hypermutation、gene conversionの引き金を引く活性が知られている。大部分の常染色体劣性遺伝型のHyper-IgM syndrome type 2という先天的クラススイッチ欠損症は、この遺伝子の変異で起こる。進化的には無顎魚類まで遡れるとされ、APOBECファミリーのfounderと考えられている。

クラススイッチ組換えとsomatic hypermutation
抗体遺伝子は、多様な病原体分子を認識するため、より効率よくそれを排除するため、遺伝子の配列がゲノムDNAレベルで変化する。まずはBリンパ球が作られる際に、VDJ組換えという遺伝子組換え現象が抗体遺伝子座に起こり、100万種類以上の抗原に結合するための配列が準備される。VDJ組換えを成功させたBリンパ球は、1種類の抗原に結合するための抗体遺伝子を持ち、反応できる病原体が体内に侵入するまで待機している。反応できる抗原とBリンパ球が遭遇すると、Bリンパ球は待機状態から活性化状態に移行し、クラススイッチ組換えとsomatic hypermutationの2種類の遺伝子改編を抗体遺伝子座に加える。クラススイッチ組換えは、もともとIgM型の抗体遺伝子の設計図をIgGやIgA型に切り換える組換え現象で、これにより病原体を効率よく排除できるようになる。somatic hypermutationは、抗原を結合するところの設計図(可変領域遺伝子)に高頻度に点突然変異を蓄積する遺伝子改編で、この点突然変異の蓄積は、病原体により強く結合する抗体を作り出すために必要である。Bリンパ球は、病原体の種類や侵入経路にあわせてクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationを巧みに操り、その病原体に最適化された抗体分子を作る事ができる。クラススイッチ組換えとsomatic hypermutationが起こるにはAIDが必要で、AIDに変異があるとクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationが起こらず、Hyper-IgM syndromeという免疫不全が起こる。

AIDと獲得免疫
AIDによりクラススイッチ組換えとsomatic hypermutationが起こるが、これらの遺伝情報の改編は、Bリンパ球の核内で起こる現象である。クラススイッチ組換えとsomatic hypermutationによる遺伝情報の改編を得たB細胞は免疫記憶B細胞として体の中に維持される。もし次に同じ病原体が感染すると、この保存された記憶B細胞が、強化された抗体を迅速に作るので、病原体はより容易に排除される。これが抗体を基盤とする免疫記憶現象である。従ってAIDはある意味、病原体の記憶を抗体遺伝座に刻み込む役割があると言える。一方、配偶子内にある抗体遺伝子には、抗体遺伝子の改編はおこらないので、子孫には記憶B細胞が得た病原体の記憶は伝わらない。somatic hypermutationのsomaticは、配偶子細胞ではないという意味である。

APOBECファミリー
cytidine deaminaseモチーフを持つ一群の酵素群。このファミリーの多くは、RNAやDNA上のシトシンをウラシルに変換する脱アミノ反応を触媒する。RNAを触媒する時はRNA編集と呼ばれる。ヒトでは11種類あり、AIDやAPOBEC1もその一つ。APOBEC3は種によって数が異なり、げっ歯類は1つ、ウシは2つ、馬は6つ、霊長類は7つ持つ。APOBEC3は逆転写を行うウイルス群の増殖阻害を得意とする抗ウイルス因子であり、それぞれの種はそのようなウイルスからの攻防の結果APOBEC3を進化させた可能性がある。研究概要の文章も参照されたし。

獲得免疫と自然免疫 (acquired immunity vs innate immunity)
病原体から我々の体を守るシステムが免疫である。多くの教科書ではこの免疫システムを獲得免疫と自然免疫に分けて説明している。獲得免疫は、リンパ球が中心に行う防御系である。そのリンパ球は、分化・発生の過程でV(D)J組換えを行い、新たな遺伝情報を獲得し、抗原を認識できるようになる。すなわちリンパ球は、膨大な数の病原体に限られた遺伝資源で対抗するため、親から引き継いだわずかな遺伝材料を組み合わせて、膨大な数の病原体を認識する力を生み出していることになる。リンパ球の新規遺伝情報獲得を根幹に構築された防御系を獲得免疫と呼ぶ。一方、遺伝情報の獲得がなくとも、“自然に身につけている“ 防御系を自然免疫と呼んでいる。抗体分子は、獲得免疫系が使う病原体認識タンパク質で、病原体を高感度でかつ特異的に結合し、病原体を処理する能力がある。AIDはBリンパ球のクラススイッチやsomatic hypermutationを通して獲得免疫を強化する役割が知られている。APOBEC3は自然免疫系が持つ、ウイルス攻撃分子の一つといえる。

APOBEC1
APOBECファミリーの中で最初に命名されたファミリーメンバー。ファミリーの名前はこのメンバーに由来する。ApoB100のRNA編集を行う酵素。ApoB100のプレmRNAのアミノ酸翻訳部位の中央付近にはAPOBEC1とその共益タンパクが結合できるRNA配列があり、APOBEC1はその近傍のある位置のシトシンをウラシルに変換する。その結果CAGがUAGとなりストップコドンが作られる。これをApoB RNA編集と呼び、RNA編集型mRNAは、ApoB48というC末端が欠損したタンパクに翻訳される。一方RNA編集されなかったmRNAはApoB100というタンパクに翻訳される。ApoB100とApoB48は、両方とも脂質の輸送に関わるが、その役割は全く異なる。従ってAPOBEC1は、mRNAレベルで遺伝情報を改編しゲノム遺伝情報にない新しい機能タンパクを作る活性があると言える。

RNA編集 (RNA editing)
RNAプロセッシングのうちmRNAの配列が変わるプロセッシングにはスプライシングとRNA編集がある。スプラシングはイントロンRNAの切り出し反応である、一方、ほ乳類のRNA編集は、アデノシン(A)とシトシン(C)のアミノ基の加水分解反応である。加水分解の結果、それぞれイノシン(I)とウラシル(U)に変換される反応で、RNA編集の結果、1塩基置換が起こる。イノシンは、翻訳プロセスではグアニンとして振る舞う。AIはアデノシンデアミナーゼであるADARが、CUはAPOBECファミリーが責任酵素である。哺乳類以外では、さらに多様なRNA編集現象が報告されている。

高頻度変異(Hypermutation)
ゲノムDNAに多数の点突然変異が蓄積する現象はhypermutationと呼ばれ、この日本語訳として高頻度変異があてられることが多い。抗体遺伝子は、タンパクに翻訳された際に抗原結合部位に相当する配列(可変領域)をもち、この配列には高頻度変異が観察される。可変領域に起こる高頻度変異は、somatic hypermutationと呼ばれ、AIDが責任酵素である。自然界でゲノムDNAに変異がおこる割合と比較すると可変領域に起こるsomatic hypermutationの点突然変異の頻度は100万倍以上高頻度で起こると言われている。一方、APOBEC3は、ウイルスのゲノムDNAに点突然変異を蓄積し高頻度変異を起こす。APOBEC3は一本鎖DNA上のシトシンをウラシルに変換する活性があり、DNA複製後にUはTに変換される。その結果、APOBEC3が起こす高頻度変異はCからTへの変異の蓄積で、逆のDNA鎖にそれがおこった場合は、表記上GからAへの変異と表記される。高頻度変異がウイルスのゲノムに起こるとそこにあるウイルスの遺伝情報が(多くの場合破壊的に)書き換えられので、ウイルスは増殖できなくなる。AIDが起こす抗体遺伝子のsomatic hypermutationは、強化された抗体の設計図を作るのに対して、APOBEC3がウイルスゲノムにいれる高頻度変異は、ウイルスの設計図を破壊する。同じAPOBECファミリータンパクでも、その作用のベクトルが、全く異なるのは興味深い。

Kataegis変異
Kataegisはギリシャ語で雷雨の意味。癌細胞のゲノムの特定の領域に高頻度変異が集族する状態をいう。次世代シークエンス法の普及により様々な癌細胞の全ゲノム配列データが、データベース化されようとしており、そのようなビッグデータのデータマイニングの結果、癌にはある程度特徴的変異パターンがある事がわかってきた。カタエギスは、特定の遺伝子領域にCTやGAの点突然変異を、癌細胞に入れている現象を呼び、APOBEC3(特にAPOBEC3Aや3B)が原因酵素と想定されている。

HPV
ヒトに感染し疣や癌を起こすウイルスでヒト乳頭腫ウイルスと呼ばれる。8000塩基対程度の2本鎖閉環状DNAをゲノムDNAとして持つ。ゲノム上にはL1とL2の後期遺伝子でこれらはキャップシドタンパク遺伝子であり、E1, E2, E4, E5, E6, E7の初期遺伝子群を持つ。E6とE7はウイルス性の癌遺伝子として有名でp53やRbといった細胞ががん化するのを防ぐ細胞の機構を阻害する活性をもち、この活性が腫瘍を作る事に深く関連する。100種類程度の型があり、中でもハイリスク型と呼ばれる型はヒトに感染すると癌を作る活性が少なからずある。特にHPV16が最も良く研究されており、子宮頸癌や咽頭癌の原因となる。日本人の子宮頸癌の大部分はハイリスク型HPVの感染が原因とされ、また、HPV16陽性咽頭癌は最近増加の傾向を示しており注視されている。
HPVの抗ウイルス剤は開発されていないので、HPVのワクチンに期待がよせられるが、日本では予期せぬ副作用でHPVワクチンの普及が止まっている。
APOBEC3はHPV16を標的にできる事を我々は明らかにしている。

HBV
ヒトB型肝炎ウイルス。ヒトに感染して肝炎や肝癌を起こしうるウイルス。半2本鎖開環型DNAというユニークなゲノムDNAを持つウイルス。またゲノムサイズは3200塩基対と独立したウイルスの中では1、2を争うほどゲノムサイズが小さい。そのゲノム上には遺伝子はP, Core, S, Xの4種類しかない。ウイルス粒子内ではDNAゲノムだが、肝細胞に感染するとpgRNAというゲノムRNAが作られ、これが逆転写酵素であるP タンパクによりDNAゲノムに変換される。
この新たにつくられたウイルスDNAがAPOBECタンパクの格好の標的になる。
実際ウイルスDNAにはhypermutationが観察される。
日本人の肝癌の原因のトップはC型肝炎ウイルスだが、その次がヒトB型肝炎ウイルスである。HPVと違い、既に優秀なワクチンが日本でも導入されており、また逆転写酵素阻害剤も抗ウイルス薬として有効である。

塩基除去修復(base excision repair, BER)
我々のゲノム情報を格納するゲノムDNAは、様々な原因で損傷するので、ゲノム情報を安定に保持するには、絶え間ないメインテナンスが必要である。メインテナンスの一画を担うのが遺伝子修復機構で、様々なタイプの遺伝子修復機構が知られている。塩基除去修復機構は、主に1塩基レベルの損傷を修復するシステムで、最も良くしられているのが、UNGAPEIpol-betaDNA ligaseからなる、塩基除去修復機構である。DNA鎖上のウラシルは、ウラシルに結合する力のあるUNGにより、損傷した塩基として認識される。UNGはウラシルの塩基部分をきりとり、AP-siteを作り、AP-siteはAP endonuclease I (APEI)により認識され、DNA鎖が切断される。DNA断端はpol-betaがfill in しligaseが断端をつなぎ、UはCに修復される(図3右側)。塩基除去修復は、DNA上のシトシンの塩基が、脱アミノ反応(deamination)でウラシルになりやすく、これを直すため、あるいは、dUTPがDNA合成中に間違って新生鎖に取り込まれる際この間違いを矯正する機構として進化したと言われている。一方、APOBECはDNA上のシトシンを積極的にウラシルに変換する酵素でAPOBEC3は、ウイルスDNAにウラシルを多数導入する事でウイルス遺伝情報を破壊する。私達の研究では、APOBEC3GがHBVのDNAに作ったウラシルの一部が、遺伝子修復系によりCにもどされるという皮肉な結果を明らかにしている。